(こっちが本当の)プロセスさん
久しぶりに、とある人と長い時間お話をしました。
まあこの1年余り、どのように変化して、どのように苦しんで、どう変化して、今どうなっていて、これからどうしていくのか。
こんな話をたくさんしましたね。
最近、講座やカウンセリングを除けば、たまに友人とお茶をするくらいで、ほとんど人と話をしていません。
それだけ人とかかわる機会がないのと、腹を割って話す人がいないのとで、結果引きこもり状態に近かったわけです。
同時に、自分が選んだ道のりが、とんでもない道のりであることもわかりました。
たとえるなら、北海道から鹿児島までを人力車で行こうと考えるようなものですね。
飛行機を使えばすぐなのにね。
まあそれも自分が選んだ選択です。
が、さすがに自分でもちょっとしんどいぞ、と思い始めてきました。
私は、自分のすべきことについて、すべてをプロセスさんにお任せしておりますので、あまり先のことは考えていません。
プロセスさんが「続けなさい」というのであれば、やめたくてもやめられないし、プロセスが「やめとけ」というのであれば、どれだけ続けたくても無理でしょうしね。
結果15年間こうして歩んできたのですが、さてさて、プロセスさんは私に何をさせてくれるでしょうね。
このままつづけろというのか、もうやめちまえというのか。
どちらにしても、私に選択権はありません。
なぜなら、プロセスさんは私に必要なものしか、私にもたらしてはくれませんのでね。
だからこそ「プロセスさん」は完璧なんです。
人との別れも、また出会いも、その一つ一つは私のために必要だからと、プロセスさんが用意してくれているわけですよ。
プロセスさんは、自分が決めたことに対して、忠実に課題と方向性を指し示してくれます。
その課題をクリアしていけば、おのずと自分が決めたことが現実になっていくわけですよ。
たとえそれが「不幸になる」ということであってもね。
プロセスさんにあらがう方法は一つ。
心を成長させないことです。
プロセスさんは、心を成長させるためのものですから、心を成長させなければ、プロセスさんは何もしてきません。
あまりプロセスさんが張り切るような決め事は、するもんじゃないですな。ほんと。
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